強者のマリー・アントワネット的発言に苦笑いを禁じ得ない件

こんにちは、りんぬです。

今日、なかなか面白いツイートを見つけてしまいましたよ。

凄いお偉めな感じのおじさんのツイートなんですが、

「過労死なんて本当にあるの?」

「疲れたなら休めばいいじゃん」

というような内容。

え、なにこのデジャヴ感。

「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない。」

マリー・アントワネットかよ。

自分の通ってきた道しか知らない世間知らず

こういう人ってあらゆる全てのことを自分の尺度で測って偉そうな物言いをするから困りますよね。

そんな「疲れたら休む」なんてことが簡単にできなかったから、過労死が問題になってるんじゃないですかー。

休む暇はもちろん、ちゃんとした思考力で考えることさえもままならないほどの労働時間、

その拘束時間中はずっと嫌味や罵声を浴びて自分は無能だと信じさせられ、
よく考えたらありえない社内での常識がこの世の常識だと刷り込みさせられる

でも、働かなかったら生きていけないので我慢を重ねに重ねる。

こんな労働環境が実在していて、その中で働く人がどのような心情を持つかも想像できない世間知らずが偉そうなこと言っちゃってるから言い返す気力も起きませんよね。

ストレスに耐えられる人が偉いのか?

もちろん、上記に書いたような壮絶な労働環境でも、人並外れた強靭な身体と精神をもってして、耐え抜く猛者も一定数いるわけです。

そういう人たちは、自分が成功体験を味わってしまったものですから、「全力で頑張ればできる」というロジックを持ってしまいがちです。

ですので、彼らからすれば自分が耐え忍んできたストレスに耐えられない人間は怠慢だと思うようになってしまうのです。

「怠け者の甘えごとなんて聞かん」と弱者の現状や心情に想いを馳せることを一切拒絶してシャットアウトしてしまいます。

確かに、ストレス耐性強い人は凄いです。だからこそ、今の地位まで登りつめてきたわけだし。

でも、だからってそれがそんなに偉いことですか?

ストレスに耐えられない人は全員怠け者なのでしょうか?

メンヘラという、ストレスに弱い人をひとまとめにして悪者にする都合のいいカテゴライズをして、思考停止してませんか?

逆境を跳ね返した成功者が過去を嫌うパターン

弱者を排除しようとする強者には、もともと生まれつきの強者である場合と、なんらかの元弱者であった場合があるとも考えられます。

後者の場合は、前者よりも過去にコンプレックスを抱えている分、「弱者側には戻りたくない!」的な強い怨念じみたマインドが根底にあるので、

余計に「強いものは正義!弱いものは悪!」という理念を強固にしていくことになってしまっているのでしょう。
いじめられた側がいじめる側になるみたいな。

これからもその強運が続くとは限らない

どちらにしても、ストレスに耐え抜いてきた結果、成功できたことは、本人の実力であると同時にただ運が良かっただけなのです。

「今までストレスへの強度が高かったから自分は大丈夫!」

と思っている人は、急に自分や大切な人の身に何かあってもその強固な精神はブレないと言い切ることができるのでしょうか。
自身の運の良さ、精神の強さに甘んじて
いざもしものことが起こるであろうことを真剣に考えていないのです。

私は想像力のある強者になりたい

想像力、共感力のある強者は無敵です。

そもそも、弱者を見下したり、無関心であったりする人は、本当の意味でのリスクヘッジが甘いんですよ。

損得勘定が好きな強者にも伝わるような言い方をすると、

弱者に手を差し伸べるメリットは、いつか自分が、または大切な人が社会的弱者になった時にどのような心情になり、どのような対策ができるかのリスクヘッジができる点です。

もしずっと健康であったとしても、人間は年老いていく生き物であり、同時に今できていることにもだんだんと制約がかかってきますよね。

ということを忘れていなければ、弱者を見下すなんて態度はとれないとおもうんですけどね。

だから、弱者を見捨てる強者に言いたい。

ストレスに耐えたあなたは凄いです。

誰にでもできることではありません。

自分で自分を誇りに思ってください。

なので、他人にその我慢を押し付けないでください。

無関心にもならないでください。

今の態度次第で、後々のあなたを救うか、ブーメランとなって返ってくるのかが決まってくることになりますので。